SSという名の頂き物

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支天輪の彼方での双剣士さんより、
マリアさんSS「さぁ、幸せになりなさい」を寄贈していただきました。
本当にありがとうございます!

では、追記からどうぞ。


さぁ、幸せになりなさい


 その日。ヒーローショーから帰ってきたナギは古ぼけたライカのカメラを見つけてきて、お屋敷のあちこちの写真を撮りはじめました。
 そればかりかハヤテ君を伴って、思い出を撮るんだと自分からお屋敷の外へ飛び出して行ってしまいました。
「ナギ……」
 少し前までは考えられないことでした。あの引きこもり体質のナギが、自分から外の景色に興味を持つなんて。自分から面白いものを探しに行くなんて。
 ……そして、あんなに積極的に思い出を形に残そうとするなんて。あのナギが。
「ありがとう、ハヤテ君」
 笑いながら太陽の下に飛び出していく2人を見送りながら、私は小さな声であの子を変えてくれた男の子の名前をつぶやきました。そしてあの子がまだ気難しかった、数年前の出来事を思い浮かべたのでした。

          **

 それは三千院家令嬢つきの新米ハウスメイドとして、私がヨーロッパの小さな島で暮していた頃のこと。
 SPさんたちと一緒にお散歩に出たはずのナギが、なかなか帰ってこなかったことがありました。おじい様の財産目当てにナギの身を狙う悪い人たちが絶えなかった時節柄、心配した私たちは手分けして島中を探しまわって……陽が真っ赤に染まる夕暮れ時、海岸に並べられた石積みの上にちょこんと座る女の子の姿を見つけたのです。
「お嬢さま! よかった、ご無事で……」
 安堵の声をあげながら駆け寄る私たち。遅いぞ、といつもなら不機嫌そうな顔で振り返ってくれるはずでした。でもその時のナギは麦わら帽子のつばを真剣に見つめながら、こっちを振り向こうともしませんでした。
「帰らないぞ」
「……えっ?」
「あいつと約束したのだ、一緒に星を見に行こうって……いつだって私を守ってくれるって……」
 誰のことですか、とは軽々に聞けない空気がありました。ナギのもとへ歩み寄ろうとするSPの人を片手で制止した私は、ナギをなるべく刺激しないよう静かな口調で話しかけました。
「……その人を待ってるんですか、お嬢さま」
「そうだ。あいつは命がけで私を守ってくれた。だから私も約束を守る。あいつと一緒に星空を見るんだ」
 小さな背中が震えていました。ナギが大事そうに握りしめる麦わら帽子には、真新しい焦げた穴が開いていました。“あいつ”という人がナギのことを守ってくれたのは、どうやら本当のことのようです。
「……寒い、寒いぞ……どこへ行ってしまったんだ、なんで傍にいてくれないのだ……」
 ナギのつぶやきに涙声が混じり始めました。陽はどんどん暮れていきます、いくら夏場でも小さな子が外にいたら風邪をひいてしまうかも……私はSPの人から外套を受け取ると、そっとナギの背中に歩み寄りました。
「……! なんだ、帰らないぞ私は」
「ええ、分かっています」
 ナギの肩に外套をかけた私は、そのままナギの隣へと腰掛けました。驚くナギに私は微笑みを返しました。こういうのは歳の近い私の役目です。
「待ちましょう、ここで一緒に。きっと来てくれますよ、その人」
 ……でも、夜が過ぎて東の空が白む頃になっても“あいつ”は現れませんでした。肩に寄りかかるナギの寝息を聞きながら、私はその人のことを想いました。昼下がりのほんの数時間の間にここまでナギの信頼を勝ち取った人って、どういう人だったのだろうって。その人がしてくれたことの真似をすれば、この気難しいお嬢さまとも少しは心を通わせることができるのかなって。


 翌日からナギのお散歩嫌いには拍車がかかりました。名目上は「お前たちの警護なんて当てにならない」でしたけど、あの晩のことを聞いた私には本当の理由が分かるような気がしました。
 たぶん……頼る人を、知ってしまったせいだと思います。自分を守ってくれる頼もしい人の温もりを実際に感じてしまったせいで、その人のいない街中を歩くのが怖くて寂しくてたまらなくなったんです。お父様もお兄様もいなくて親戚からも命を狙われてるナギにとって、ようやく出会った“自分だけのナイト”のことをそう簡単に忘れられるはずがありません。
「ふん、あんな嘘つきのことなんて関係ない。外に行ったってロクなことはないんだ。星空くらいお屋敷からでも見られるしな」
 一生懸命にナギは強がってましたけど、それが本心でないことは私にだってわかります。少しでも寂しさを紛らわせてあげようと、私はナギとゲームをしたり本を読んであげるようになりました。ハウスメイドとしての仕事をきちんとこなした上でナギとの時間を作るのは大変でしたけど、あんな小さな子が窓から海岸を寂しそうに眺めるのを黙って見ているくらいなら、自分が汗をかくほうがどんなにかマシだったのです。
 お屋敷には歳の近い女の子が他に居なかったこともあって、少しずつ少しずつナギは私になついてくれるようになりました。『お嬢さま』でなく『ナギ』と呼び捨てにしろと言われたのもこの頃のことです。
 でもナギとの距離が縮まれば縮まるほど、ナギの心の中に住む“嘘つきなあいつ”さんとの温度差に私は気づかされるようになりました。自分はナギの遊び相手ではあっても、本当の心の支えになれない。天才だの才女だのと呼ばれてきた私にとって、それは初めての難攻不落な壁だったのです。


「ナギ、お出かけしませんか」
「嫌だと言ってるだろ。外に出たってロクなことはないし、どうせ護衛に囲まれて窮屈なだけなんだから」
「SPの人には内緒で行きましょう。実は中心街の露店で可愛いアクセサリーを見つけたんですよ、一緒に見に行きませんか?」
「お前と2人きりでか、マリア?」
「ええ」
 お屋敷の人に内緒で外出する、それは大きな賭けでした。失敗したらナギの身を危険にさらすことになり完全に使用人失格です。でも籠の鳥みたいにお屋敷に閉じこもってるナギのことが不憫でしたし、外の世界でナギのことを守ってあげられれば“あいつ”さんの代わりになれるかも、複雑に絡まったナギの心を溶かしてあげられるかもという思いがありました。年頃の女の子らしい誘い文句を口にしたのも、自分は他のSPさんたちとは違うから信頼してください、とアピールする気持ちからでした。
 ……そして、愚かな私の浅知恵は見事に裏目に出ました。
 単なる人さらいやナイフで襲ってくる暴漢相手なら私でも大丈夫、そんなおごりがあったのは事実です。しかしそんなものはマシンガンの機械音と手榴弾の炸裂音に跡形もなく吹き飛ばされてしまいました。習い覚えた形意拳など飾りにすらならない現実がお屋敷の外にはありました。ナギの手を引いて石造りの街を逃げ回った挙句、追い詰められてナギに覆いかぶさりながら路地の片隅で震えてしまう、そんな情けない姿が私の終着点でした。間一髪でSPの人たちが来てくれなかったら、ナギも私もその日の星空は見られなかったことでしょう。
 ……お屋敷に帰った私をナギは責めませんでした。それどころか叱られる私を一生懸命かばってくれたりもしました。慣れっこだから気にするなと小さな笑顔を私に向けてくれました。怖い思いをしたマリアをなぐさめてやるという名目で寝室を共にするようになったのもこの頃からでした。
 しかし私は……自分が完全無欠でも常勝不敗でもなく一介のハウスメイドに過ぎないこと、“あいつ”さんの代わりなどには決してなれないことを、この一件で思い知らされたのでした。


「若い男の執事だと! 正気か、マリア!」
「はい」
 数日後。三千院家の御本家に居るクラウスさんに私は国際電話をかけました。越権行為も甚だしいことは分かっています。でもナギのために、どうしてもクラウスさんの助けが必要だと思ったのです。
「話にならん! 歳の近い少年をナギお嬢さまの傍につけるなど、非常識にもほどがある! お世話役ならお前がいるだろう、マリア」
「私ではダメなんです……」
 ナギの心に“あいつ”さんが住んでいること。その喪失の辛さゆえにナギが外に出られなくなっていること。自分ではその代わりになれないこと。私は懸命に説明しました。小さい頃から父親のように可愛がってくれたクラウスさんになら分かってもらえるだろうと信じて、電話口で涙まで流しながら訴えました。クラウスさんは最初こそ声を荒らげていたものの、次第に口数が少なくなって……やがて根負けしたように返事をしてくれました。
「わかった。帝さまにそう進言してみよう。だがマリア、そう自分を責めるな。たとえその男の代わりになれなくても、お前はお前だ」
「は……はい」
 気休めに過ぎないと分かってはいても、クラウスさんの慰めの言葉は私の胸に響きました。今の私に出来ること、それはナギに悲しい顔を見せないこと。そして決して無理をせず、ナギが安心してくつろげるお屋敷を守っていくこと。ハンカチで涙をぬぐった私は、顔をあげてナギの待つ寝室へと向かったのでした。

          **

 その後。ほどなく日本に帰ることになったナギと私は、おじい様のお屋敷ではなく練馬にある小さなお屋敷を与えられました。そこにはナギ付きの執事長に就任したクラウスさんと、そして私と同年代くらいに見える1人の男の子が待っていました。
「姫神といいます。よろしく、ナギお嬢さま」
「…………」
 苦い顔で差し出された右手を見つめるナギ。私は電話で話した件を思い出して、はっとクラウスさんを見上げました。そして得意そうに口髭をとがらせるクラウスさんに向かって、深々と頭を下げたのでした。
 ナギと姫神君の関係は最初こそぎこちないものでしたが、打ち解けるようになるまで時間はかかりませんでした。平和な日本が舞台とはいえ、姫神君はまさしく一個連隊相当の戦闘力と機動力をもってナギのことを守ってくれました。あれほどSPの人たちの護衛を嫌がっていたナギが、姫神君と一緒のときにはまるで羽でも生えたかのように、生き生きと外へと出かけて遊びまわるようになりました。遊び疲れて満足そうに眠るナギの表情からは、“あいつ”さんが抜けた後の心の空隙など跡形もなくなったように私には見えました。


 それなのに、その姫神君も、ナギのもとを去ってしまいます。


「どうしてだ! あいつも姫神も、誰もが私を置いて行ってしまう! どんな時でも傍にいて守ってくれるって言ったのに、嘘つき! 偽善者! 口先ばっかり!」
 あの頃のナギの荒れっぷりは痛々しくて見ていられませんでした。たった13年しか生きてない女の子が信じた相手に2度も裏切られるなんて、神様はなんて残酷なのでしょう。怒りの矛先はお父様やお母様、おじいさまにまで及びました。信じるのがこんなに辛いなら2度と誰も信じたりするもんか、そんな悲しい言葉までナギは口にしました。
「……お前も」
 姫神君の残した家具、写真、食器などを部屋の壁に叩きつけ、はぁはぁと息をついたナギの矛先は今度は私へと向けられました。その瞳は暗い炎で燃えさかっていました。
「お前もすぐにいなくなるんだろ、マリア!」
「そ、そんなことありません! 私はずっとあなたの傍に……」
「他の奴もみんなそう言った! 母もあいつも姫神も! 口先だけなら何とでも言える、お前だって同じだ!」
 涙をポロポロこぼしながら声を限りに叫び続けるナギを、私は力いっぱい抱きしめることしかできませんでした。


 姫神君の後任はなかなか見つかりませんでした。クラウスさんが誰を連れてきても、ナギは心を開こうとしませんでした。
 ですからナギがハヤテ君を拾って来たとき、私は今回も長続きしないだろうなと思いました。ナギが自分で選んだ男の子というのは明るい要素に思えましたけど、ナギと彼との間に物凄い勘違いが横たわっていることを、早い段階で私は知ってしまったからです。
「僕の執事の仕事ってなんなんでしょうか?」
「そうですねぇ、一言で言うと……お嬢さまのペットですかねぇ」
「……ペ……ペットっすか?」
「軽い冗談ですよ(はぁと)」
 ハヤテ君には冗談めかして言いましたけど、これが私の偽らざる本心でした。しょせんナギの暇つぶしの相手、正体がばれるまでの短い付き合い……そう思っていたのです。

          **

 そのハヤテ君が。今ではナギにとって欠かせない存在として、かつての姫神君の……いえそれ以上の役割を果たしてくれています。
 あれからナギはすっかり明るくなりました。学校にも行くようになったし、自分からバイトに通うようにもなりました。あんなに誰かを信じることを怖がっていたナギが全幅の信頼をハヤテ君に置き、ハヤテ君のために何かをしたいとまで言いだしました。
 そればかりか……あんなに失うことを恐れていたあの子が写真に興味を持ちました。思い出を残したいと言ってくれました。過去を振り返り懐かしむ勇気を持てるようになったのです。それが私には何よりも嬉しいです。
「ハヤテ、私とお前はずっと一緒だ(はぁと)」
 本当に屈託のない、女の子らしい素敵な笑顔。ナギがあんな顔をするようになったのはあなたのおかげです。ありがとう、ハヤテ君。
「いえ……そうですね。お嬢さま……ずっと………一緒です……」
 ハヤテ君、あなたはナギのこと、ずっと支えていってくれますよね?
 突然いなくなったりなんか、しませんよね?


Fin.
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